HTM550


■概要
当形式は既存の架線延線車の更新に合わせて様々な顧客要望を盛り込んだ多目的保守用車である。

予讃線観音寺-伊予市間の電化工事実施のために廃車となっていた架線延線車をオーバーホールにより復活させて平成5年までの電化工事等に活用してきた。以降もメンテナンスしながら継続使用してきたが電化後30年が経過し電車線路設備の更新頻度の増加、車両のメンテナンス部品の枯渇等のため更新を計画し当形式が製造されることとなった。

架線延線車は主に電車に電気を送る架線の交換工事に使う車両であるが、架線以外にも付随する電車線路設備の老朽取替の頻度が増してきていることを考慮し多様な工事に適用できるものとなっている。

具体的には架線延線機能に加えてクレーン機能、保全車機能、重量物運搬機能、牽引機能、高速走行性能を持たせ、保線作業のみならず土木作業にも対応可能として各種保守作業での相互使用により作業効率を高めることを狙っている。

 

■高速走行性能
軌道用走行車両の1軸15[t]という制限があるため各種装備品を含めて2軸ボギー台車×2の4軸車、総重量60[t]の車両となっている。
走行速度については移動時間短縮のため他の保守用車より速い単車平坦路で80[km/h]、250[t]牽引時でも50[km/h]を確保している。性能実現のために定格出力403[kW](548[PS])のディーゼルエンジンを搭載、全軸駆動としている。また、作業時には低定速走行をすることもあるため駆動方式はHST式とし、前後進4段変速機を組み合わせて低定速から最高速までをカバーする。
走行しながら後述する昇降式作業台の操作を行えるようにするため車体安定装置(バネロック)を装備している。

 

■架線延線性能
JR四国の電化キロは235[km]と営業キロの3割弱であるが架線構成は下表の通り多様な構成となっている。

線  区 名  称 運転速度
本四備讃線 児島~宇多津間
(海上橋梁部以外はHSC)
HSC:ヘビーシンプルカテナリー
M:19.6[kN] T:14.7[kN]
120[km/h]
予讃線 高松~観音寺間
市坪~伊予市
SC:シンプルカテナリー
M:9.8[kN] T:9.8[kN]
130[km/h]
予讃線 観音寺~松山間
(トンネル区間除く駅構内はSC)
HSC:ヘビーシンプルカテナリー
M:19.6[kN] T:9.8[kN]
130[km/h]
予讃線 観音寺~松山
(トンネル区間)
TFM:ツインフィーダーメッセンジャー
M:19.6[kN] T:8.8[kN]
130[km/h]
予讃線 松山~市坪 SFM:シングルフィーダーメッセンジャー
M:19.6[kN] T:9.8[kN]
110[km/h]
土讃線 多度津~琴平 直接吊架
T:12.7[kN]
85[km/h]

今回導入する架線延線車はこれらの線種・張力に対応するものとなっている。

車体中央に昇降式の作業台を設けているが、架線延線巻取装置は脱着可能な構造としている。作業を行わない時には取り外してメンテナンスワゴン車として使用可能。なお、架線延線装置の作業速度は車両の走行速度と同調する制御となっている。


△架線延線巻取装置の搭載状態。文献1)より

 

■昇降式作業台
延線作業は双方向で行うため180[°]旋回可能で、作業台の最大積載量は8,240[kg]の能力を確保している。

△作業台。文献1)より

また、メンテナンスワゴン車としての運用を考慮し昇降量は3,000[mm](床面高さ1,800[mm]~4,800[mm])とし、メンテナンス作業時に必要な旋回半径3,400[mm]を確保するため床面の大型化に加え床面端部を350[mm]延長スライドできる構造としている。昇降機構は十分な昇降量と積載重量を確保するためXリンク構造となっている。さらに作業者の操作軽減のため旋回・昇降が連動する自動格納機能を設けている。
作業台上には車両移動操作も可能な簡易操作盤、エア、油圧、電気の供給ポートを装備している。

 

■クレーン機能
車両搭載クレーンの能力選定に当たって延線巻取装置一式、電線ドラムCu325[mm2]×1,500[m]ドラムを自積載可能であること、また電柱建植も可能であること、本四備讃線海上部(鋼構造)での使用等を考慮し、車体安定装置でクレーンが使用可能であることを要求能力としている。そのため定格荷重4.9[t]×4[m]、最大作業半径1.0[t]×12.5[m]と車載としてはかなり大型のものが搭載されている。アウトリガも装備するが、前述の車体安定装置(バネロック)も装備、十分な車両重量と相まってアウトリガなしで最大スライド時にも定格荷重の70[%]以下の作業が行えるようになっている。

クレーンは車両中心に装備されるが、上空の架線を避けて起伏できるようクレーン本体を左右にスライドできる機構を追加している。クレーンを車体台枠ではなくスライドテーブルに固定し、油圧シリンダを用いてテーブルを左右最大700[mm]スライドさせる。この機構により作業半径を最大700[mm]拡大することに成功している。なおクレーン作業時の横ずれ防止のため、350[mm]、700[mm]位置でロックピンを挿入する仕様となっている。

 

■アウトリガ機能
クレーン作業の安定性確保に加えて本四備讃線高架部での使用及び脱線復旧用を想定して設計されている。本四備讃線島嶼部の高架橋は海上部と異なりPC構造のためアウトリガーの使用は可能であるがジャッキ設置可能位置が離れているため、アウトリガーの可動量は片側張出幅1,005[mm]、ジャッキ量1,015[mm]で、脱線復旧用に左右同期スライド機能が付加されている。操作は有線リモコン式で、外部から車両の状態を確認しながら脱線復旧作業ができるようになっている。

△アウトリガ。文献1)より

■安全対策
逸走転動防止装置を備えている。以下の状況になると非常ブレーキが動作する。
・ブレーキがかかっていない状態で運転者が離席した場合に警報音を出してから3秒経過した時
・走行中に運転台の機器又はリセットスイッチを60秒以上取り扱いがないと警報を発しさらに何も操作しない状態が5秒続いた時

 

■その他
CAN通信による既存の保守用車との重連運転(同調制御)機能を持たせている。
また、長尺車両のためクレーン側(車両後方側)に簡易走行操作盤を設けている。これにより運転台と反対方向に移動する際の安全確認が容易となるだけではなく、作業中の車両移動、ブレーキ操作、非常停止操作もクレーン付近で行うことが可能となっている。

△簡易走行操作盤。文献1)より

 

■車両諸元

寸法・重量 全長 18,400[mm] 連結面間距離
全幅 2,930[mm]
全高 4,050[mm] レール面上(積載物除く)
自重 53.0[t]
積載荷重 7.0[t]
軌間 1,067[mm]
性能 速度(単車) 80[km/h] 0/1,000
70[km/h] 10/1,000
35[km/h] 33/1,000
速度(牽引) 50[km/h] 0/1,000,250[t]牽引時
30[km/h] 10/1,000,150[t]牽引時
15[km/h] 33/1,000,100[t]牽引時
エンジン 形式 水冷,ディーゼル機関
排気量 15.2[L]
定格出力 403[kW]/1,900[rpm]
最大トルク 2,468[N・m]/1,400[rpm]
変速機 形式 HST+ 前後進4 段パワーシフト
走行装置 2 軸ボギー台車× 2 4軸駆動
制動装置 ディスクブレーキ 4軸駆動
連結器 形式 座付自動連結器
2 段ピンリンク式連結器

 

■作業装置関係

架線延線巻取装置 定格能力 最大張力6.86[kN] ×最大速度60[m/min]
作業台
装置
形式 昇降・旋回式
昇降量 3,000[mm]
旋回角度 左右180[°]
動力
取出口
空気圧:700[kpa]
油圧:45[L/min],21[Mpa]
電気:AC100[V]-15[A],3相200[V]-20[A]
クレーン装置 容量 4.9[t]× 4[m]
最大作業半径 12.5[m](1.0[t])
スライド量 左右350[mm],700[mm]
アウトリガー 形式 クレーン転倒防止(兼,脱線復旧装置)
数量 前後左右各1式
張出幅 片側1,005[mm](左右連動機能付)
ジャッキ量 1,015[mm]

※性能数値等が参考文献1)及び2)で異なる場合は1)の値を正として扱った。
 

参考文献
1)梅田佳彦『鉄道の安全を維持する保守用車両の最新技術』,建設機械施工,73巻6号,日本建設機械施工協会,(2021.06)
https://jcmanet.or.jp/bunken/wp-content/uploads/2021/2021-06m.pdf(2022/10/09)

2)磯﨑哲雄『JR四国における架線延線車の更新』,鉄道と電気技術,29巻7号,日本鉄道電気技術協会