■概要
スラブ軌道洗浄車はトンネル区間の締結装置付近を洗浄するための車両である。
当形式HTM350SWは平成21(2009)年に投入された二代目である。
初代にはなかったブラシ装置が装備されるほか、両側運転台となるなど先代での実績を踏まえた改良が加えられている。
■スラブ軌道洗浄車開発の経緯
昭和50(1975)年に開業した山陽新幹線岡山-博多間には多くの区間でスラブ軌道が採用された。ところが、開業以来主にトンネル区間において6月から8月にかけてATC信号レベルの低下がしばしば発生し、信号保安上の問題点となっていた1)。
レベルの低下は
-
- トンネル内の漏水
- レール締結部に鉄粉を含んだ塵埃等の付着
- 高温多湿による結露
が重なって発生していた。
従来から締結部の塵埃等を除去するために人力による洗浄が行われてきた。しかしながら人力による洗浄は多大な労力を必要としコスト的にも割高であった。そこで新幹線総局の要請に基づいてスラブ軌道洗浄車の開発が行われることとなった。
■ATC信号レベルの低下による輸送障害
ATC信号レベルの低下により軌道回路落下が発生してしまい非常運転をせざるを得なくなったり、速度制限による徐行を余儀なくされるなどの輸送障害が発生する2)。具体的な話はこの記事の本筋からは外れるので脚注に記載した。興味のある方はそちらを参照されたい。
ちなみに問題となった区間は現在はアナログATCからデジタルATCに変わったがATC信号レベルの低下が惹き起こす問題は依然として存在する4)。また、信号電流がスラブへと漏れること以外にもATC信号レベルの低下を惹き起こす事象は存在する4)。
■スラブ軌道洗浄車の製作
車両製作にあたり鉄道技術研究所日野土木実験所構内ならびに山陽新幹線廿日市トンネル内のスラブ軌道で洗浄効果確認の基礎実験が行われた。圧縮空気及び高圧水ポンプによる洗浄が比較され集塵ユニットへの回収に一部難があったが洗浄効果は高圧水ポンプが良好という結果となった。
この実験結果を踏まえて製作されたのが実用第1号車(すなわちHTM350SWの先代)である。
■初代スラブ軌道洗浄車
洗浄試験装置での基礎実験の結果をもとに製作されたのが初代スラブ軌道洗浄車である。
レール締結装置周辺の堆積物の洗浄・回収を行う洗浄・集塵装置とそれを搭載・懸架して自力走行する軌道モータカーである。構造は以下の図のようになっている。
モータカーの台枠上部には集塵用のブロワ、圧縮空気・高圧水の供給源となるコンプレッサ、水タンクと油圧ユニット、発電機が搭載され、台枠下部には電動シリンダで懸架される洗浄台車が取り付けられる。この部分に空気・水用の各々のノズル、堆積物を回収するシュート、集塵箱等が設置される。洗浄装置及びモータカーの主要諸元は以下の通り。
・集塵装置主要諸元
項目 | 諸元 | |
洗 浄 装 置 |
電動シリンダ | 推力300[kg]、ストローク200[mm]、昇降速度35[cm/sec] |
ノズル揺動機構 | 揺動回数250[回/min]、ギヤモータ0.2[kW]、減速比1/7 | |
ノズル | 空圧Ø5[mm]、高圧水Ø1.2[mm]、前後進用各4個 | |
コンプレッサ | 圧力0.7[MPa]、容量10.5[m3/min] | |
高圧水ポンプ | プランジャ型8[MPa]、62[L/min]、モータ5.5[kW]×2 | |
水タンク | 1,900[L] | |
台車昇降器 | 手動機械式ジャッキ4組 | |
落下防止器 | ロックピン式 | |
集 塵 装 置 |
集塵ダンパ | 前後進用左右レール各1組 |
集塵シュート | 前後進用左右レール各1組 | |
スカート開閉機構 | 前後進用左右レール各1組 | |
集塵箱 | 左右レール各1個 | |
集塵機 | 湿式集塵方式、効率97[%]、最小粒径1[μm] ブロワ:ターボファン130[m3/min] ブロワモータ:220[V] 5.5[kW] |
・モータカー主要諸元
項目 | 諸元 | |
軸距 | 5,000[mm] | |
車輪直径 | 860[mm] | |
軌間 | 1,435[mm] | |
速度 | 回送 | 70[km/h] |
作業 | 0.5~1.5[km/h] 可変 | |
エンジン | ディーゼルエンジン 185[PS]/1,800[rpm] | |
駆動方式 | パワーシフトトランスミッション(トルクコンバータ及び逆転機内蔵) 及び油圧ポンプ、油圧モータによる推進軸1軸駆動 |
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制動方式 | 空気式直通ブレーキ及びねじ式ブレーキ | |
電源 | バッテリ 12[V]×2 150[AH] 充電発電機 24[V]×1.5[kW]×1 交流発電機 |
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寸法 | 長さ9,300[mm]×幅3,200[mm]×高さ4,400[mm] | |
自重 | 約25[ton](水1.9[ton]含む) |
昭和59(1984)年度よりトンネル区間で稼働を開始した。洗浄を行わない年は6~7月に信号レベルが通常時と比較して12[dB]低下していたのに対し、6月中旬に洗浄を行った年は5[dB]の低下にとどまりかつ一定レベルとなっているなど洗浄効果が顕著に表れた。
■二代目スラブ軌道洗浄車(当形式 HTM350SW)
当形式は基本的には先代機を踏襲した車両であると思われる。
ただ当形式に関する資料はメーカーHPを含めても極めて少なく全体像を把握することは難しい。しかしながら外観の観察及び先代と比較することにより当形式の性能を推察することは可能と考える。推察可能な主な改良点は以下の通り。
・エンジン性能の強化
HTM350SWという型式名から350[PS]級の機関を持つものと思われる。先代と比べると大幅に走行性能が強化されている。
・両運転台化
先代は片運転台であったが両運転台化されている。先代は転車台もなく方向転換できない構造であった。作業時の安全性の向上を狙ったものと思われる。両運転台間は渡り廊下のような通路で繋がれて往来が可能となっている。
・高圧洗浄機の変更
洲本整備機製の高圧温水洗浄機鳴門シリーズを装備している。温水化することにより洗浄性能強化を狙っているものと思われる。
・洗浄台車前後へブラシの装備
先代はただ吸引するだけであったがブラシで搔き上げることにより効率よく塵埃を回収することを企図しているものと思われる。
■走行性能(車体貼付の性能銘板による)
線路コウ配 | ケン引荷重[kg] | 速度[km/h] | |
単車 | 重量ケン引時 | ||
水平線 | 200,000 | 70 | 40 |
10/1000 | 80,000 | 65 | 35 |
25/1000 | 35,000 | 50 | 20 |
■スラブ軌道は広く普及しているのになぜ1両だけなのか
ここまで読んできて「スラブ軌道は広く普及しているのに何故JR西日本の1両しか存在しないのだろうか?」と思われた方もいるかもしれない。勿論ATC信号レベルの低下の問題はJR西日本だけの問題ではなくJR東日本でも発生している5)。ただこの問題が起きている箇所は主に直結4形もしくは5形締結装置とA-51座面式スラブが敷設、つまり初期のスラブ軌道で起こりやすい問題であることが窺える。A-51スラブはは構造上締結部の両側が溝になっており塵埃が溜まりやすいという構造上の問題点がある。
JR東日本では塵埃をレール削正車で集塵するという方式を採っておりJR西日本のように専用の洗浄車を保有していない。
よってJR北海道やJR九州区間では問題が起きづらいスラブ軌道を使用しており、JR東日本では問題が発生しやすい箇所があるものの専用の洗浄車の代わりにレール削正車を使用しているため1両のみの存在となっていると言える。
注釈
1)文献6) p.28の表-1による。トンネル区間の約2/3にあたる軌道回路でレベル低下が発生し、そのうちの27[%]は15[dB]以上という急激な低下であった。
2)文献6) p.28
3)ATCは「Automatic Train Control」の略語で、信号の現示に対応した信号電流をレールに流し、列車の車上装置が連続的にこれを受け取ることで走行速度が信号が示す制限速度以下であるかをチェックし、超過の場合は自動的にブレーキを作動させて制限速度以下に抑える装置のことをいう。信号レベルの低下とはレールに流された信号電流がレールから締結装置、スラブへと漏れてしまうことで受信側で必要な電圧が確保できず(レールに最小限50[mA]の信号電流が流れると車上の350~500[Ω]の負荷へ10[mV]の電圧(-37[dBm])を誘起する)、列車が在線していないにも関わらず「軌道回路落下」が発生し輸送障害を引き起こしてしまうこと指す。この場合非常ブレーキが動作するので非常運転スイッチを操作して非常ブレーキを緩めての運転となり、ATCを用いない、乗務員の判断に依存し見通しの範囲に停止できる速度での運転となる。
また文献9) p.45 第5図によると東海道新幹線のATCの信号現示と変調周波数の関係は以下の通りである。
変調周波数が無信号、すなわち無電流の時には信号現示O2、停止確認後30[km/h]となる。ATC信号電流がスラブへと流れていき信号レベルが低下していくと軌道回路落下にはならなくても車両側がATC信号を「無信号(=無電流)」と扱い、誤った信号現示と認識することが起こりえる。
4)文献5)はデジタルATCにおける信号レベルの低下に対処する方式の特許である。湿潤トンネル区間以外にも外部要因で信号レベルの低下は起こりえることがわかる。
5)文献4) p.36
参考文献
1)NICHIJO『HTM350SW スラブ洗浄車』
https://www.nichijo.jp/product/kidou/htm350sw.html
2)佐藤正男『スラブ軌道洗浄車の開発』,鉄道線路,第33巻12号,日本鉄道施設協会,(1985.12)
3)日本民営鉄道協会『鉄道用語事典 ATC』
https://www.mintetsu.or.jp/knowledge/term/16477.html
(2024.01.04)
4)栗原勝彦・細井浩司『新幹線スラブ軌道における信号電流漏れ対策』,新線路,第56巻9号,鉄道現業社,(2002.09)
5)J-BLOBAL『自動列車制御装置』
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/p0200
(2024.01.05)
6)黒本裕敏・山本重満『スラブ軌道回路レベル低下対策について』,信号保安,第35巻2号,信号保安協会,(1980.02)
7)会誌編集委員会事務局『整合変成器不良による非常ブレーキ動作』,鉄道と電気技術,第30巻5号,(2019.05)
8)鉄道総合技術研究所『鉄道技術用語辞典第3版 – 無閉そく運転』
9)河辺一『自動列車制御』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1888/84/913/84_913_1501/_pdf/-char/ja
(2024.01.12)