(写真:架線点検作業にて稼働中の架線保守車。京阪電気鉄道が昭和48(1973)年時点で保有していた個体である。
『京阪電鉄の特殊車両』,鉄道ピクトリアル,23巻臨時増刊号(1973.7)より引用)
架線点検作業にて稼働中の架線保守車。碍子の数が少ない事から直流仕様である。
杉本・中村(1958)より引用
■概要
電車線保守作業の合理化を目的に日本国有鉄道電気局で開発された軌陸車である。昭和32(1957)年より実用化され、「架線保守車」と命名された。
本機種のモデルとなったジープの高所作業車。GP企画センター『国産ジープタイプの誕生 三菱・トヨタ・日産の四輪駆動車を中心として』,グランプリ出版,(2018)p55より引用。
ベースシャーシは三菱ジープ・CJ3B型であり、これの特装仕様である高所作業車をモデルとして製作されている。この他、ジープの輪距が狭軌軌間に近かった事も選定の理由となった。
なお本機種への改造にあたり、軸距が50mm延長され、バネサスペンションが標準車より強力なものへ交換されている。
主要な構造は下記の通りである。
・軌陸装置
道路走行用ホイールと鉄輪を交換するタイプの軌陸車である。後述する転車台で車体を持ち上げた状態で交換を行うが、交換時間短縮の為、ホイールの固定にボルトを用いておらず、手回し式のキャップスクリューの嵌め込みによってホイールが固定される方式となった。また交換作業が容易な様、道路走行用ホイールには軽量プレス鋼を使用している。
転車台使用中の本機種 杉本・中村(1958)より引用
・転車台
油圧式転車台を装備し、ホイール交換時ならび転車時に使用される。
当時は貨物型モータカーへの採用が始まったばかりの時期であるが、軌陸車への採用は本機種が史上初であった。
・ハンドルロック装置
軌道走行時はハンドルロック装置によりハンドルが固定された状態となる。
交流区間用の個体。杉本・中村(1958)掲載の個体を比較すると高所作業台直下の碍子の数が多い事が分かる。
・高所作業台
三菱ジープに標準装備されているPTOを動力とした油圧式高所作業台を装備している。
高所作業台直下には碍子が装備されており、作業台そのものを加圧した上で周囲と絶縁する事で活線作業も可能としている。
なお本機種には直流区間用と交流区間用が存在し、後者のほうが碍子の数が多い事が識別点となっている。
附属トレーラー(右の写真)。鉄輪が側面に掛かっている。杉本・中村(1958)より引用
・附属トレーラー
道路走行時に用いる。本機種は人員輸送を主目的としており積載量が少ないため、これを補完するものである。
国鉄による開発時は附属されていた模様だが、上記以外に使用例が記録された写真を発見できなかった。
おそらくいつしか省略される様になったと思われる。
この他の所要諸元を下記に示す。
架線保守車 | |
車両重量 | 約1,800kg |
乗車定員 | 6名 |
牽引荷重 | 5,000kg(軌道上) |
全長 | 約4,400mm |
全幅 | 約2,200mm |
作業台高さ | (最高)4,500mm (最低)2,370mm |
作業台広さ | 約700mm×1,450mm |
速度 | 60km/h(道路上) 45km/h(軌道上) |
登坂能力 | 30°以上(道路上) 35/1000(軌道上) |
転車台ジャッキ | 挙揚能力3t 挙揚寸法180mm(枕木面上) |
ゴムタイヤ | 650mm×16.5 |
金属タイヤ | 500mm |
中村(1957)表「架線保守車の主要性能」より引用
■導入後の変遷
近鉄保有の個体。扉直後の楕円銘板に”■■工■”の文字が見える。1950年代より三菱ジープの外注生産を担当していた東洋工機(現・パジェロ製造)のものだろうか。近畿日本鉄道技術室・電気部(1983)図3より引用
国鉄における総両数は不明であるが、60年代頃まで全国各地で稼働が確認でき、相当数が全国配備されたものと思わる事から、本機種は本邦における最初の実用化された軌陸車であると言える。
三菱ジープのカタログに60年代後半頃まで記載がある事1)から、製作期間もこの頃まで続く比較的長いものであったと考えられる。
但し70年代頃より現代の軌陸車の同様の鉄輪を別途装備した軌陸車が主流になり、この時期以降は製作されなくなったものと思われる。
国鉄以外にも、西武鉄道2)・京浜急行電鉄・京阪電気鉄道3)・近畿日本鉄道。の各大手私鉄に導入が確認できる。
特に近鉄は本機種を大量に保有しており、昭和57(1983)年時点で全線に22台を配備していた。4)。
各社ともに00年代以前に淘汰された模様であるが、京急は00年代後半頃まで保有しており、京急で廃車後に軌陸車テックに引き取られ、用途不明ながら2010年代前半まで松本市の同社敷地にて保管されていた。5)6)。
■参考文献
1)中村弘夫『架線保守車について』,電気鉄道,11巻7号,(1957.7)
2)杉本芳香・中村弘夫『能率のよい架線保守車』,新線路,12巻1号,(1958.1)
■脚注
1)AUTO CATALOG ARCHIVE『Mitsubishi』にて1967年当時の三菱ジープのカタログが公開されている。(2024年2月28日閲覧)
2)広田尚敬ほか『ヤマケイ私鉄ハンドブック 西武』,山と渓谷社,(1982)
3)『京阪電鉄の特殊車両』,鉄道ピクトリアル,23巻臨時増刊号(1973.7)
4)近畿日本鉄道技術室・電気部『近鉄における電車線路保守作業用機械について』,近畿日本鉄道技術研究所技報,14巻,(1983)
5)『キュリアスアーカイブス』,カマド,(2019)
6)松本テストレール(松本市空港東8777)を周辺の道路からGoogleストリートビューで観察すると2012年頃まで現存が確認できる。