保守用車の絶縁と短絡


■概要
保守用車は踏切を鳴動させずに通過したり、信号に関わりなく逆線走行ができるのはなぜなのか。それは車輪又は車軸が絶縁構造になっているからである
本項では保守用車の絶縁走行と短絡走行に関する背景と技術を紹介する。

 

■経緯
踏切は保守用車(鉄道車両)と歩行者・自動車が交差する要注意箇所であり、一方が通過する際はもう一方の通行を遮断する必要がある。

△踏切を通る際は保守用車・バイクが共に一旦停止するのが原則である

古くは「踏切警手」と呼ばれる係員が列車の通過する前に手動で遮断機を下ろし、通過後にこれを上げていたが、1960年代になると自動警報器付きの踏切が急激に増加した。
自動警報器は軌道回路に進入した列車の車輪が右レールと左レールを短絡することで接近を検知し警報器が鳴動する構造である。この構造は保守用車を使用する上でいくつかの不都合がある。

1.踏切近辺で作業を行う際に警報器が鳴動したままとなり沿線住民に迷惑がかかる

2.保守用車は比較的軸重が軽い為、警報器の動作が不安定であり交通の混乱を生む

3.踏切鳴動後の折り返しや逆線走行(上り線を下り方向に走行する)を行うと警報器が鳴動したままとなり沿線住民に迷惑がかかる

これらの問題を解決するため黎明期から短絡構造であった保守用車を絶縁構造とすることとなった。

 

■絶縁構造
保守用車の絶縁構造は大きく2種類に分かれる。

・大型保守用車
車輪に一体圧延車輪ではなくタイヤ付き車輪を採用し、車輪の輪心とタイヤの間に絶縁体を挿入する方式である。

△絶縁車輪断面図 ①がタイヤ ②が輪心 ⑥⑦⑧が絶縁体である 文献2)より

 

・トロ等
輪軸を左右に分割し、結合フランジ面及び締結ボルト部に絶縁体を挿入する方式である。

△輪軸中心断面図 ③④⑤が絶縁材である 文献2)より

 

■保守用車絶縁走行時の課題
保守用車を絶縁構造としたことで当初の課題は解決したが新しい課題が生まれるようになった。

1,踏切が動作しないため踏切ごとに一旦停止しての安全確認が必要となる

2.停止信号が現示されないため作業区間に列車が進入する恐れがある

 

■保守用車の絶縁短絡切替装置
前述のことから順線走行にて踏切を通過する際の安全確認の省略や、踏切から離れた位置で作業を行う際に停止信号を現示し列車の進入を防止するため、保守用車を絶縁状態から短絡状態へ切り替える装置が開発されている。

 

・スイッチ
最も単純な切替方式で、輪心とタイヤを繋ぐリード線に設けたスイッチで入り切りする方式であり、車輪1輪ごとに降車して操作する必要がある。

△1にタイヤ 2に輪心 3に絶縁体 4にリード線 5にスイッチを示す 文献3)より
△「絶■短」表記の軸中心寄りに配置されているのがスイッチである

・スイッチ(遠隔)
左タイヤから伸びたリード線をスリップリングを介して運転室内などに引き込み、スイッチにより右タイヤから伸びたリード線と短絡させる方式である。集約したスイッチにより一か所で操作が可能である。

△1にタイヤ 2に輪心 3に絶縁体 13にスリップリング 36にスイッチを示す 文献3)より
△車輪の外側にスリップリングを配置した方式 白いブラシをリングに押し当てている 4つ並んでいるのは安定して短絡させるためである

 

△TMC400AS 運転室内の絶縁短絡切替スイッチ

 

・非接触式短絡機構 NCIS(Non Contact Induction Swich)
スリップリングの代わりに電磁誘導を用いた非接触方式となっており、短絡抵抗が小さく安定しているのが特徴である。

 

■保守用車のローパスフィルタ(LPF)方式短絡走行
営業車両の軽量化と保守用車の大型化が進み、作業区間に列車進入し衝突した場合に大きな被害が懸念されるようになったことから開発された技術である。
レールに流れる踏切制御子による信号周波数が高いことと、軌道回路の信号機制御用信号の周波数が低いことに着目して、右レールと左レールを低周波信号機制御用信号(ロー)のみを短絡(パス)するフィルタを介して接続する。これにより踏切は鳴動させずに在線を検知させ停止信号を現示することで作業区間への列車の進入を防止している。

△LPF概念図 文献6)より
△2005年時点のLPF方式短絡走行実施予定線区 文献5)より

 

■保守用車用踏切制御装置(ズバコン)
絶縁走行、あるいはLPF方式短絡走行時に踏切が動作しないため、踏切ごとに一旦停止しての安全確認が必要となり時間が掛る課題を解消するために開発された技術で、保守用車に乗車した係員が携帯用光発信機(リモコン)を受光器に向けて操作することにより遠隔で踏切を動作させることができる。
また、上述の光式は着雪の影響を受けると想定されたことから豪雪地域での使用を目的とした無線式保守用車用踏切制御装置も開発されている。

△光式保守用車用踏切制御装置構成図 文献7)より
△光式保守用車用踏切制御装置受光器

 

■新幹線の保守用車
以上に示したのは在来線における話である。新幹線には原則として踏切が存在せず、営業時間帯と作業時間帯が区分され営業列車が作業区間に進入する恐れも無いことから絶縁走行の必要はない。
車輪にも一体圧延車輪が採用されるのが一般的である。

 

■おわりに
短絡走行と絶縁走行の別は保守用車の移動速度を決める重要なファクターである。
撮影の際は絶縁/短絡状態を思案しながら保守用車の現在地を推定してみるのも面白いのではないだろうか。
当然ではあるが撮影時(に限らず)は踏切横断時の安全確認を十分に行う必要があることを申し添えておく。

 


参考文献
1)『複線区間のトロリー逆線使用』,新線路,15巻,9号,鉄道現業社,(1961.9)
2) 伊能忠敏・秋元清『軌道モータカー・トロ等の絶縁』,新線路,17巻,9号,鉄道現業社,(1963.9)
3)日本国有鉄道・富士重工業,実全昭61-119866『絶縁車輪を有する鉄道車両の絶縁短絡装置』
4)長谷川義洋・菊池要一『保守用車用踏切制御装置(通称ズバコン)』,鉄道と電気技術,9巻,4号,日本鉄道電気技術協会,(1998.4)
5)渡邊智紀・榊原正文『保守用車と列車の衝突防止対策』,新線路,59巻,6号,鉄道現業社,(2005.6)
6)黒崎倫之・石瀬裕之・佐々木敦『保守用車短絡走行の研究』,JR EAST Technical Review,21巻,(2007)
7)松井崇『保守用車用踏切制御装置 光式と無線式』,新線路,64巻,3号,鉄道現業社,(2010.3)
8)鶴田雄一郎『大型保守用車取扱い時の踏切鳴動の原因解明と 対策の提言』,インフラメンテナンス実践研究論文集,1巻,1号,土木学会,(2022.3)