(写真:ひたちなか海浜鉄道所有機。モータカーとしてではあるが、現存最後にして唯一の現役機であった。)
■概要
芝浦製作所が製作した最後の電気式マルタイにして、国鉄により全国へ大量に配備された傑作機である。
当時の国鉄はMATISAやPlasser&Theurer製の機械式マルタイ(重マル)を電マルと並行して導入していたが、重マルで採用されていたダブル仕様のタンピングユニットは特許の関係で電マルでは採用できず1)、国鉄は重マル並みの性能をタンピングユニット能力の強化やレベリング作業時間の短縮等の効率化で確保しようとした。1)このために開発されたのが本機種であり、下記の通り様々な箇所で改良が施されている。
・車体
搭載機器が多いためか全体的に大型化および重量化し、自重は電マル中で最重量の32tとなっている。
回送運転時の視界確保のため、MTT-25EKT2)等従前機の一部で採用例があった高い位置の回送運転室を全機種で採用している。
なお回送運転室と作業運転室は隔壁で仕切られており、両室とも冷暖房を完備している。
従前機は無蓋車に乗せて乙種貨物輸送できる様比較的全高が抑えられていたが、本機種ではそのまま無蓋車に載せる事が不可能となり、輸送時には車体を分割できる構造となっている。3)
納入地で組立中の本機種。キャビンと本体で分割できる構造となっている。
・光源車
水銀灯とガソリンエンジンを搭載する自走式である。MTT-35DSK-5Bと同様、本体との間隔は連結棒にて調整される。
なお回送時は光源車と連結棒を本体前端に格納する事が可能となった。1)
・駆動装置
MTT-21以来のディーゼルエンジンと駆動ボックスの組み合わせによる駆動装置であるが、本機種では変速機にトルコンを採用している。
・タンピングユニット
従前機はシリンダーとリンクの組み合わせによりタンピングユニットの昇降動作を行っていたが、タンピング時の加振力強化のため大型コラムによる昇降動作を行う垂直押し込み式へ改良されている。1)また左右軌間内外のタンピングユニット各々を別個で操作する事を可能としている。1)
本機種のタンピングユニット(上)および同部の従前機との比較。昇降シリンダーの垂直押し込み式への変化がよく分かる。
上図は森沢(1978.9)図2より、下図は長倉征輝 (1983.1)図3より引用。
本機種より散水装置が装備されており、これに伴い水タンクが本体に搭載されている。
この他、MTT-35DSK-5Bで採用された反力車輪が本機種でも引き続き採用され、タンピングユニット突き込み時のパワー増大を実現している。1)
・レベリング装置
従前機と同様、光源~スリッター~受光部の3点一直線方式である。但し水準検測機構は大幅な改良が加えられている。従前ではスリッターに搭載された水準器で水準検測を行っていたが、本機種では受光部に移設され、水準器によりつくられた絶対水平とスリッター下部に搭載されたポテンショメーターで検出されたレールの傾きを比較する方式へ改められた。1)4)5)なお曲線区間の水準は設定用ポテンショメーターを手動で設定し、スリッターのポテンショメーターの出力が設定用ポテンショメーターの出力と同じになるまで水準の修正を行う。4)
水準器の位置がタンピング時の振動の影響を受けない箇所となったため、従前機に比べて早く正確に水準の検測が行えるようになり5)、レベリング作業時間の短縮に貢献している。
レベリング装置の構造図。スリッター箱の検出用ポテンショメーターと水準器が基準バーを介して繋がっており、両者を比較できる様になっている。
株式会社芝浦製作所(発行年不明)p31およびp46掲載の図面より引用。
・ライニング装置
後述する通り本機種は全車が国鉄向けであるためライニング装置搭載機は存在しない。但し当時の広告ではライニング装置が搭載できる構造である事が謳われている。6)
諸元は下記の通りである。
MTT-38NK-8A | MTT-38GNK-8A | ||
本体 | 全長 全幅 全高 重量 |
11,000mm 2,700mm 3,950mm 32t |
左記と同じ |
光源車 | 全長 全幅 全高 重量 |
1,000mm 1,600mm 3,000mm 0.3t |
左記と同じ |
本体 エンジン |
形式 定格出力 |
ディーゼル機関(水冷) 154ps/1,400rpm |
左記と同じ |
光源車 エンジン |
形式 定格出力 |
ガソリン機関(水冷) 3ps/4,000rpm |
左記と同じ |
本体 発電機 |
形式 定格出力 電圧 周波数 |
3相交流発電機 40k/1,200rpm 220V 50hz |
左記と同じ |
光源車 発電機 |
定格出力 電圧 周波数 |
1kw/3,600rpm 100V 60Hz |
左記と同じ |
タンパモータ | 定格出力 電圧 周波数 |
2.5kw/3,400rpm 220V 60Hz |
左記と同じ |
タンピングツール タンピング機構 |
棒板16本 等距離式 |
||
作業性能 | 回送最高速度 タンピング能力検出精度(高低,水準) |
60km/h 250~300m/h±1 |
左記と同じ 一般区間:250~300m/h 脱防ガード区間:200~250m/h 左記と同じ |
タンピングツールの間隔 タンピングバー最大下げ位置 ブレーキ装置 防音装置 散水装置 冷暖房装置 |
600mm(最大)/350mm(最小) レール頭面から約460mm 油圧式、ハンドブレーキ 有 容量700l 冷房3,200kcal/h 暖房3,000kcal/h |
600mm(最大)/320mm(最小) 左記と同じ 左記と同じ 左記と同じ 左記と同じ 左記と同じ |
諸元表は保線機械研究グループ(1979)p92より引用。
■機種別解説
MTT-38NK-8Aの実機と外観図。ヒサシのついたキャビンが特徴的である。
下図は保線機械研究グループ(1979)p94より引用。
MTT-38NK-8A
昭和51(1976)年度に14両が製作された本機種の始祖である。7)昭和52(1977)年3月までに国鉄へ納入され8)、配備先は釧路・旭川・岩見沢・札幌・函館・郡山・拝島・富山・野辺地・美濃太田・大阪・新見・広島・松山保線区へ各1台である。3)
しかし走行時の上下動揺が激しい事が配備先各所で指摘されており、昭和52(1977)年8月29日、三江線三次駅付近を走行中の個体(広島保線区配備)が脱線転覆する事故が発生した。7)翌年夏までに全機へ上下動揺対策として、軸箱へのオイルダンパ取付、軸バネの強化、軸箱モリの支持強化と摺動部へのスリ板取付が行われている。8)なお事故機はこの時のテストヘッドとして芝浦製作所大船工場へ輸送された後、芦別保線区へ再配備されている。3)
MTT-38GNK5-8A
MTT-38NK-8Aにベースに、脱線防止ガード設置区間対応のタンピングユニットを装備した機種であり、型式のGはGuardの頭文字が由来と思われる、脱線防止ガード区間用を意味するものである。1)
タンピングユニットのツール数は8本であり9)、脱線防止ガードを避けられる様ツールが旋回できる構造となっている。1)9)
なお本機種の開発はMTT-38NK-8Aより若干先行していた模様で、昭和50(1975)年度技術課題として開発が開始され、昭和51(1976)年に1両が製作されている。1)9)
MTT-38GNK-8Aのタンピングユニットの動作。旋回し脱線防止ガードを回避できる様になっている。
下図は保線機械研究グループ(1979)p93より引用。
MTT-38NK-8B
MTT-38NK-8Bの実機と外観図。MTT-38NK-8Aとの変化に注目。
下図は株式会社芝浦製作所(発行年不明)p5掲載の図面より引用。
先述の上下動揺対策として再設計された改良機である。MTT-38NK-8Aへの対策内容の他、下記の改良も加えられている。8)
①ホイールベースの拡大(3,200mm→4,200mm)
②軸重の軽減を目的に光源車の本体への格納を廃止
③光源車の再設計と軽量化(32t→30t)
④検測基準位置を前方へ1m移動
⑤作業運転室の機器の配置変更
⑥後部基準用水準器を下部基準台車へ移設
⑦転車台に補助シリンダーを設置しバランスを安定化
⑧重量バランス安定化のため水タンクを転車台付近へ移設
上記の他、MTT-38NK-8Aでは屋根に設置されていたヒサシが廃止されている点も外観上の特徴である。
昭和53(1978)年に開発された後8)、80年代初頭までに約80両が製作され全国配備されている。10)
■私鉄への譲渡機
岩手開発鉄道が保有していたMTT-38NK-8B。本機種で唯一3事業者を渡り歩いた個体で、車体には前所有者である秩父鉄道の社紋が見える。
本機種は全個体が国鉄へ導入されたが、導入時期の都合から分割民営化後もJR各社へ引き継がれた個体が多数存在した。
90年代頃に代替時期を迎え、松田(1996)の時点ではJR四国高知保線区所属のMTT-38NK8Bが1台が報告されており、松田(1996)によるとこれがJR各社で現役最後の1台であった。松田は後にではJR西日本広島保線区所属のバラストクリーナーに改造されたMTT-38NK-8Bについても1台報告しており、マルタイではないがこちらがJR現役最後の1台となった可能性もある。
この時期に廃車となった個体は地方私鉄や第三セクター鉄道へ譲渡された個体が多数存在する。譲渡先は下記の通りである。
所有事業者 | 機種 | 台数 | 記事 |
ちほく高原鉄道 | MTT-38NK-8B-2 | 2or311) | 松田(2001)時点で1台が休車中 |
阿武隈急行 | 不明 | 1 | 松田(2001)時点で廃車済 |
ひたちなか海浜鉄道(旧 茨城交通) | MTT-38NK-8B-2 | 1 | 平成2(1990)年導入 元JR東日本所有機(水郡線所属)12) 令和7(2025)年現在も現存 |
秩父鉄道→岩手開発鉄道 | MTT-38NK-8B-2 | 1 | 松田(1996)時点では秩鉄所有 松田(2001)時点では岩手開発鉄道所有 |
長野電鉄 | MTT-38NK-8B MTT-38NK-8B-2 |
1 1 |
MTT-38NK-8Bは松田(1996)時点で部品取り用 |
長良川鉄道 | MTT-38NK-8B | 1 | 松田(2001)時点で休車中 |
伊予鉄道 | MTT-38BK-8B-2 | 1 | 松田(1996)時点で休車中 |
松浦鉄道 | 不明 | 1 | 松田(1996)時点で廃車済 元JR九州所有機 |
記載内容は松田(1996)および松田(2001)より引用。
これら譲渡機も2000年代には相次いで姿を消した。ちほく高原鉄道所属の個体は同線の廃止時まで現役で稼働しており、マルタイとして現役であった最後の個体であったと推定される。
一方、ひたちなか海浜鉄道では入線後すぐにマルタイとしての使用が中止され13)、除草剤散布用トロ牽引用のモータカーとして使用される事となった。令和元(2019)年頃まで現役で稼働していたが、故障により稼働できなくなり現在は那珂湊駅構内で留置されている。
ひたちなか海浜鉄道のMTT-38NK-8B。現在は写真の通り那珂湊駅構内で留置されている。
当DBは登録両数5000両突破記念として、令和5(2023)年6月に現存最後のMTT-38を見学するイベントを開催した。
内部の貴重な写真も多数掲載しているので、こちらのイベント報告記事もぜひご覧いただきたい。
■参考文献
1)石原一比古 『電マルの生いたち』,新線路,32巻4~5号,(1978.4~5)
2)『電マル38NK8形の改良進む』,新線路,32巻5号,(1978.5)
3)森沢雅臣『電マル38NK8改良機』,新線路,32巻9号,(1978.9)
4)杉下孝治『マルタイの変遷』,新線路,35巻9号,(1981,9)
5)松田務『腐ってもマルタイ 今、明かされるマルタイのすべて…』,トワイライトゾ~ンMANUAL5,ネコ・パブリッシング(1996)
6)松田務『この機なんの機?』,トワイライトゾ~ンMANUAL10,ネコ・パブリッシング(2001)
7)湯本幸丸『写真解説 保線用機械』,交友社,(1967)
8)保線機械研究グループ『保線機械便覧』,日本鉄道施設協会,(1979)
■脚注
1)石原(1978.4~5)
2)昭和49(1974)年に西日本鉄道(西鉄)へ導入された個体である。
3)『マルチプルタイタンパの歴史』,(2024)
4)長倉征輝 『ホームドクターその2 初めまして!私は電マル38NKです』,新線路,37巻1号,(1983.1)
5)株式会社芝浦製作所『芝浦マルチプルタイタンパ レベリング装置付 MTT-38NK-8B-2 取扱説明書 構造編』(発行年不明)
6)新線路32巻1号,(1978.1)の表紙裏面に掲載の芝浦製作所広告に記載がある。
7)『電マル38NK8形の改良進む』(1978.5)
8)森沢(1978.9)
9)保線機械研究グループ(1979)
10)芝浦製作所社史編纂委員会『50年のあゆみ』,芝浦製作所,(1989)p126 図表5-6では、MTT-38の総製作数は98両としている。製作数が判明しているMTT-38NK-5Aの14台とMTT-38GNK-5Aの1台を除すと83台となる。この他に未知の試作機が存在した可能性があるため、MTT-38NK-5Bの総数が83台とは断言できない。
11)松田(1996)ではMTT-38NK-8B-2を2台と紹介しているが、松田(2001)ではMTT-38NKを3台と紹介している。ちなみに松田(2001)の時点では同線へのMTT-61(JR北海道中古機)導入に伴い1台が休車中との事。
12)ひたちなか海浜鉄道株式会社、一般社団法人交通環境整備ネットワーク『ひたちなか海浜鉄道湊線開業100周年記念 湊線百年史』(2015)p186-187
13)『湊線百年史』に記載の通り、本機種を導入してしばらく後の茨城交通では踏切の故障が相次いだ。原因調査の結果、本機種の重量のため同線の30kgレールに亀裂が発生し信号回路に異常が発生したためであった。先述した令和5(2023)年の本会のイベント時、同線社員の方よりこれを原因としてマルチプルタイタンパとしての使用を取りやめたと筆者は伺っている。
MTT-38NK-8A
MTT-38NK-8B
MTT-38NK-8B-2