法規視点から見るアイチ軌陸高所作業車三代記


■はじめに
世に誕生する商品は顧客要望(潜在的なものを含む)を具現化したものであるが、合わせて多くのレギュレーションの遵守を求められるものも珍しくない。当DBで取り扱う保守用車も例外ではなく多種多様な「しがらみ」がある中で顧客要望を満足させるためにメーカーが苦心した結果であったりもする。当コラムではその一端としてアイチコーポレーション製の軌陸高所作業車であるU565LZ10KRSLZ09J1RSの3機種について、メーカーが道路二法(道路交通法、道路運送車両法)のどのような点を考慮して商品を作り上げたのかについて考察したい。

 

■U565

△JR北海道所属のU565

広い高所作業台を持つアイチコーポレーション製のU565は平成16(2004)年に製造が開始され平成29(2017)年頃まで製造が続けられていたもので、今なお日本各地で目にするモデルである。日本電設工業(NDK)内では小ゴクウと呼ばれている。

このモデルの主要諸元は以下の通りである(文献2) より抜粋)。

型式 U565
バケットの積載荷重[kg] 2名または500(軌道走行時)
バケット内寸法 全長[mm] 2,700
バケット内寸法 全幅[mm] 1,500
バケット内寸法 全高[mm] 900
鉄輪径[mm] Φ385
対応軌道幅[mm] 1,067・1,372・1,435
寸法 全長[mm] 5,020
寸法 全幅[mm] 2,180
寸法 全高[mm] 3,450
車両重量[kg] 7,740

ポイントは車両総重量8,000[kg]未満というところである(車両重量7,740[kg]+乗車定員2名分重量110[kg]+最大積載量100[kg]=7,950[kg]<8,000[kg])。

平成16(2004)年に道路交通法の一部改正があり中型免許という新たな自動車免許が誕生したが、平成19(2007)年6月1日までに普通免許を取得した人は車両総重量が8[t]未満の自動車までは運転できる。車両総重量が8[t]以上となると運転には大型免許が必要となり、入社時に普通免許しかなければ軌陸車を運転するために大型免許を取得しなければならない。そのためU565が普通免許で運転可能な車両総重量8[t]未満で登場したというのは法規を意識しつつ顧客要望に応えたという点で自然なものだったと言えよう。

また、顧客要望として「極力大きな作業台がほしい」「極力大きな作業半径がほしい」といったことは当然あったと思われ、それにより車両総重量8[t]未満ギリギリを狙った製品になったのだと思われる。

どうやっても車両総重量8[t]以上となってしまうケースでなければ何とかして普通免許で運転できる車にしたいというメーカー側の意向はあったように思われる。

△アイチの軌陸穴掘建柱車。車両重量軽減のために前輪の軌道走行輪を省略し別パーツの台車としている(画像で吊り上げられているのが台車である)。

上の写真はアイチの軌陸穴掘建柱車であるが、前側の軌道走行輪が省略されていて軌道走行時には別車両で運んできた台車を前輪に履かせて走行する。勿論同タイプの軌陸穴掘建柱車の中には前軌道走行輪を持つものもあるので前後軌道走行輪が技術的に実現しないわけではない。線路走行のたびに台車を脱着し、さらに台車を別の車で運ぶ必要があるというのはかなり手間に思える。しかしそういう構造であっても普通免許で乗れる車両総重量を8[t]未満に収めることに価値を見出したのだろう。

 

■LZ10KRS

△日本リーテック所属のLZ10KRS

LZ10KRSは平成23(2011)年の鉄道技術展にプロトタイプが、平成25(2013)年に一般発売となったモデルである。日本電設工業(NDK)内では大ゴクウと呼ばれている。
U565小型トラックの日野デュトロをベースとしていたのに対して中型トラックの日野レンジャーベースとしている。ベース車両を大型化した理由は文献5)にある通りで、運転免許の関係で車両総重量8[t]未満に拘る必要性が薄れたためである。

平成19(2007)年6月2日の道路交通法改正により前述の通り中型免許が誕生し、普通免許では車両総重量5[t]未満の自動車しか運転できなくなった。U565であってもこの改正後の普通免許では運転できないため、「20歳以上かつ運転経験2年以上」の受検要件を満たした上で中型免許取得をしなければならない。となれば車両総重量8[t]未満に拘る必要は全くなく、中型免許で運転できる上限の車両総重量11[t]未満の車が求められるというのは当然の流れのように思える。

実際には平成19(2007)年の道路交通法改正後も満18歳ですぐに旧普通免許を取得して鉄道関連会社に入社した新卒社員はいたと思われる。しかしながらLZ10KRSのプロトタイプがデビューした平成23(2011)年秋時点では4年制大学卒の新入社員であっても旧普通免許所持者は皆無だったであろう1)ことは想像に難くない。旧普通免許所持の新入社員がほぼいなくなったタイミングでLZ10KRSを発表させたのでは?というのは考えすぎであろうか。

U565と比べて最大でも150[kg]だった2)最大積載量が350[kg]取れるようになり緊急時の搬送台車等の機材が積めるようになった。ジャッキ未接地での作業範囲がU565より1.2[m]も広くなり作業効率が向上している。

 

■LZ09J1RS

△日本リーテック所属のLZ09J1RS。

LZ09J1RSLZ10KRSに代わりデビューしたモデルである。LZ10KRSの大ゴクウの例に倣うとさしずめ大ゴクウ(二代目)といったところであるが、新旧の2機種を比較したのが下記の表である。

型式 LZ10KRS LZ09J1RS
寸法 全長[mm] 6.385 6.94
寸法 全幅[mm] 2.29 2.3
寸法 全高[mm] 3.02 3.05
作業床寸法(L×W×H)[m] 2.7×1.5×0.9
最大地上高[t] 9.9
作業床最大積載荷重[kg] 500

作業床寸法や最大地上高といった高所作業性能は変わらず、全長が50[cm]以上伸びて取り回し性能は悪化している。文献4)から排出ガス規制(平成28年排出ガス規制)への対応がキーポイントとなっているように見て取れるのだがどういうことだろうか。

まずは2機種の側面図を見ていただきたい。左がLZ10KRS(旧型)、右がLZ09J1RS(新型)である。

全長の違いもさることながらホイールベースが旧型の3,180[mm]に対し新型は3,850[mm]もある。勿論新型レンジャーが排出ガス規制対応のためショートホイールベースをラインナップから落としたということであればこの変更は止むを得ない話かもしれない。しかしながら下記画像のような仕様も存在する。よって自動車メーカー都合でのホイールベース変更とは考えづらい。

△ダンプの架装例。文献7)より

かといってアイチ架装の上物をみても長さ方向に架装物がゆったりとレイアウトされたといった印象で、特段架装要因でホイールベースを伸ばす必要があったとは考えにくい。となると何らかの「排出ガス規制への対応」が原因で変更せざるを得なかったとみるのが妥当であろう。

日野自動車の架装に係る資料はインターネット経由で利用できるが会員登録が必要で、あくまで架装会社向けである。ユーザー登録の審査に落ちるかもしれない以前に趣味理由での利用は憚られる。

その代わりに今回はインターネットで取得したHino500の資料を用いた。Hino500は日野自動車の海外向けの車種で、300、500、700が存在しそれぞれデュトロ、レンジャー、プロフィアに相当するモデルである。

上記画像は日野オーストラリアのサイトから取得・引用したものである。現地法規(道路車両基準法、Road Vehicle Standards Act 2018)に適合させるために若干日本仕様と異なる箇所もあるかもしれないが、基本的に日本仕様に近いものであることがお分かりいただけるであろう。

オーストラリア仕様の現行型のHino500、FC型はGVM(Gross Vehicle Mass、許容車両総質量、国内で言うGVWとほぼ同義)は11[t]と、日本仕様のGC型と近い。こちらの車両上面図の図面データは以下のようなものとなる。

△現行Hino500(FC)上面図。文献9)より

キャブ直後にはラダーフレーム右側に前からブレーキ関係装置(ABSユニット、ブレーキマスターシリンダーリザーバータンク等)がきてその後に排出ガス浄化装置、バッテリーと続く。左側にはAdBlueタンク、燃料タンクが配置されている。

一方一つ前の型、いわゆるレンジャープロのHino500、FM型はどうかというと以下の通りとなる。

△旧型Hino500(FM)の上面図。文献10)より

キャブ直後には右側に楕円形の物体はエアタンク、その後方にバッテリーが配置され、左側には燃料タンク、エアドライヤー等が配置されている。
こうしてみると機器の違いこそあれキャブ直後には多様な機器が配置されており、架装の難易度には違いがないようにも思える。

 

ではここで図面データと軌陸架装されたLZ09J1RSの現車とを比較してみることとする。TEMS所属車を撮ったものにわかりやすいものがあったのでそちらを見ていただきたい。

△TEMS所属のLZ09J1RS。

ポイントとなるのは右前軌道走行輪付近である。その部分を拡大したものがこちらである。

△右前軌道走行輪付近を拡大。走行輪架装により本来あるはずのブレーキ関係機器が見当たらない。

車両全体画像と照らし合わせてみると側面方向指示器の位置からキャブ直後の部分を撮ったものであることがおわりいただけるであろう。図面データでは軌道走行輪付近にあるのはブレーキ関係の機器のはずだがそれらはそこには存在しない(念のため言及しておくとHino500とレンジャーで機器配置が異なるというわけではない。街中を走る平ボデーやウイング車のレンジャーを観察するとこの部分にブレーキ関係の機器が配置されている)。なぜそれらがないのかといえば「移設されたから」である。

平ボデーやウイング車といったメーカー標準ともいえる完成車では走行に必要な機器がシャシフレーム上面より下方のどこに付いているかはほぼ気にされない。一方で上物を架装する特装車用の特装シャシでは架装に必要な装置が車側の機器があるため取付できないということが発生するため注意が払われる。バッティング状態を回避するのが機器移設で、メーカー注文時に指定すると燃料タンク位置が変更されたりする。また、エアタンクやバッテリーなどはシャシに仮付けされた状態で出荷され架装メーカー側でレイアウトするということもある(キャブ付きシャシ状態で公道を走行するトラックで機器が仮付けされたものを見ることがある)。

アイチコーポレーションの架装車両の仕事を請け負ったかは不明であるが、たとえば文献11)のようなメーカーのラインを出た後に機器移設を行う会社は存在する。

LZ09J1RSの例でいえばブレーキ関係の部品は架装メーカーの指示で移設されたということである。しかしながら先程の画像で左端に見切れている排出ガス浄化装置及びマフラーはそのままである。

これはすなわちブレーキ関係の機器は標準位置から移設しても差し支えないが、排出ガス浄化装置は移設できるものではないということであろう。

△現行レンジャーに用意された2種類のDPR-II。文献12)より

上記画像は新車紹介記事(文献12))で触れられている2種類の排出ガス浄化装置のイラストである。図中のDPRの左側には実際にはエンジンからの排気管がきている。ここで「2種類」が明示されているということは逆にこれ以外の排出ガス浄化装置のレイアウトは「型式指定を受けた量産車としての日野レンジャー」では設定がないと捉えるのは妥当ではないかと思う。

そしてLZ10KRSでは架装に必要なスペースは機器移設で確保できたのに対してLZ09J1RSでは冷凍車及び消防架装ではないためS型のレイアウトしか選択できず右フレームより外側に「移設できない」排出ガス浄化装置がはみ出てしまった。「それ」が架装で使いたいスペースと干渉してしまったが故にホイールベースを伸ばさざるをえなかったとすればホイールベースが延長されたことについて合点がいく。

LZ09J1RSはLZ10KRSを道路運送車両法改正に対応させたモデル、といえるのではないだろうか。

 

■おわりに
いかがだっただろうか。
高所作業車自体は既に実績がある構造になっており頻繁にモデルチェンジするというようなものでもないため、画期的な機構が開発されたのでなければ新型車は何らかの法規対応の結果であることが多いと推測される。
新車のプレスリリースを見て「これはどの法規改正に対応するものだろう?」と考えてみるのも面白いかもしれない。

 

脚注
1)四年制大学を留年・浪人することなしに卒業したとすると平成23(2011)年度新卒社員で旧普通免許(8[t]限定)を持っている人は平成19年4月2日~6月1日生まれまでの人に限られる。プロトタイプがデビューした鉄道技術展は秋開催なので開催時期以降に上記条件に当てはまる人はゼロということになる。
2)U565の項で最大積載量100[kg]、LZ10KRSの項でU565の最大積載量は最大でも150[kg]としているがこの2つは矛盾しない。最大積載量は各メーカーが各車毎に定めた許容最大重量から車両重量及び乗車定員重量(1名あたり55[kg])を差し引いた重量で算定される。高所作業車のような架装車両は陸運局での持ち込み車検となるため車両重量は陸運局での実測値となる。実測値が例えば7,730[kg]だとすると7,730[kg]+110[kg]+150[kg]=7,990[kg]=許容最大重量7,990[kg]<8,000[kg]と、150[kg]の最大積載量が認められる(最大積載量は5[t]未満は50[kg]刻み)。

参考文献
1)MCDB『U565』
https://mcdb.sub.jp/ct/73_road-rail-aerial_work_platform_crane-boom/aichi/u565/(2024.02.18取得)
2)株式会社アクティオ『軌陸高所作業車』
https://www.aktio.co.jp/products/model/s/190407/(2024.02.18取得)
3)全日本トラック協会『運転免許制度の変遷(概要)』
https://jta.or.jp/wp-content/themes/jta_theme/pdf/anzen/menkyo_hensen.pdf(2024.02.18取得)
4)株式会社アイチコーポレーション『IRON GEARS 軌陸両用作業車』
5)株式会社アイチコーポレーション『中型免許枠を活用した軌陸車が新機能満載で登場』,CABIN,vol.84,株式会社アイチコーポレーション(2013.12)
https://www.aichi-corp.co.jp/application/files/4814/9612/6589/CABIN84_full.pdf(2024.02.18取得)
6)株式会社アイチコーポレーション『LZ09J1RS』
https://www.aichi-corp.co.jp/application/files/9516/5657/7325/LZ09J1RS_202011.pdf(2024.02.18取得)
7)日野自動車株式会社『ダンプ | 完成車ラインアップ | 日野レンジャー(中型トラック)』
https://www.hino.co.jp/ranger/lineup/dump/index.html(2024.02.18取得)
8)HINO Australia
https://www.hino.com.au/(2024.02.18取得)
9)HINO Australia『Hino500 FC 1124 SPEC』
https://www.hino.com.au/uploads/pdf/specification/HSMY19FC1124-1223_WEB.pdf(2024.02.18取得)
10)PDF COFFEE『Manual-de-carroceria-HINO-Camion-FM8J.pdf』
https://pdfcoffee.com/manual-de-carroceria-hino-camion-fm8jpdf-pdf-free.html(2024.02.18取得)
11)株式会社日野エンジニアリングアネックス『事業内容』
http://www.hinoannex.com/profile/index.php(2024.02.18取得)
12)西 襄二『日野自動車、新大型車&新中型車同時発表 安全装備で業界をリード』