日田彦山線のトンネル点検用トロ


1980年代後半~90年代後半頃に日田彦山線の彦山駅で留置されていたトロである。
おそらく作業員輸送に用いたと推定でき、保守用車にしては比較的大柄かつカマボコ型の独特な車体が特徴的である。車内にはレザー張りの座席、つり革、乳白色カバー付の室内照明が設けられていた。1)

中村(1997)が後藤寺保線区の作業員へ行った聞き取り調査によると、トンネル点検用のトロである事、調査時点から20年前に当たる昭和55(1980)~56(1981)年頃から軌陸車に置き換えられ使用されていない事が判明している。なお中村の調査時点で車体に銘板は確認できなかった。

このトロの車体について、近隣の北九州市小倉北区に所在した西日本車体工業(以下、西工)が架装したバスボデーと酷似していると趣味者より指摘が上がっている。西工は西日本鉄道が同社のバスボデー製造のために設立した企業であり、製造年代と推定される1970年代はカマボコ型の断面を持つモノコック構造のバスボデーを架装していた。この他、四隅が丸い2段アルミサッシや、乳白色の照明カバー等同社のバスボデー用部品を流用して製造された事が伺える。先述の通り鉄道会社が母体であり、昭和49(1974)年には国鉄向け車掌車の車内艤装工事を受注している2)等、鉄道業界との関わりもあった模様である。
なお、西工は平成22(2010)年に廃業し、事実上の社史といえるぽると出版(2010)以外に詳細な文献も殆ど存在していない。仮にこのトロが西工製であった場合、バスボデーのメーカーが保守用車を製造した数少ない事例のひとつと言える。


1974年式ふそうMR410に架装された西工製バスボデー(京都市交通局向け)。
写真のボデーはバス趣味者から66MCと呼称されているモデルで、70年代の西工製バスボデーの典型である。カマボコ型の車体と四隅が丸い窓サッシに注目。
ぽると出版(2010)p77より引用

一方、足回りについては1970年代の三東製10tトロによく似ている。同時期に同サイズのトロを製造していたメーカーは三東くらいである事も考慮すると可能性は高いだろう。先述の通り、中村(1997)の調査では車体に銘板が確認できなかったが、足回りの銘板有無は不明で、もしかすると三東の製造銘板が存在したかもしれない。


(上)が同車を真横から撮影した写真、(下)がわたらせ渓谷鐵道所有の昭和44(1969)年製10tトロであり、比較すると軸箱の形状等が同一でよく似ている。また(上)写真の左側の台車の軸距に銘板らしきものが確認でき、(下)写真の個体と同じ位置である。

以上の考察から、このトロの出自については、
・西工が元請けとなり、足回りを三東が下請けで製造した。
・三東が元請けとなり、車体を西工が下請けで製造した。
・他に存在する納入者の下請けとして、車体を西工が、足回りを三東が製造した。
・既に納入されていた三東製トロをトンネル点検用トロに改造し、西工が車体を製造した。

という事が考えられるが、製造者不明のまま現車が90年代後半頃に姿を消してしまい、詳細は今なお判明していない。

■参考文献
1)中村有一『彦山に眠る正体不明の客車を探る』,旅と鉄道 1997夏増刊 レール&トラベル大作戦,鉄道ジャーナル社(1997)
2)ぽると出版『西工の軌跡 九州から全国へ唯一の独立バスメーカーの誕生から終焉まで 1946-2010』(2010)

■脚注
1)中村(1997)p133
2)ぽると出版(2010)p99