■概要
これまで除雪作業を行ってきた除雪用機関車(DE15,DD14,DD18,DD19等)の老朽化に伴い、より柔軟な除雪を目指して開発された1000馬力級投排雪保守用車である。
従来の除雪用機関車では決まったダイヤ通りにしか走行できない上、乗務員・保線係員両方の要員手配が必要であったが、保守用車とすることで任意の時間・区間に保線係員のみで柔軟に運用することができる。
「投排」、「ENR」、「ビックロモ」と呼ばれることが多い。
箱型車体の両端に単線形ラッセル形態、右片流れラッセル形態、左片流れラッセル形態、ロータリー形態全てに形態変更が可能な投排雪装置を有する。
ラッセル除雪時は営業時間帯の除雪も可能なように絶縁・短絡走行の切替が可能な他、警報装置としてATSを搭載しており短絡走行時の安全性の向上が図られている。
2006年度冬季より導入が始まり、JR東日本に31両(うち新在区間向け4両)、えちごトキめき鉄道に2両、JR北海道に1両、あいの風とやま鉄道に2両の配備が確認されている。
なお、投排雪保守用車は車体側面の黄帯が1段なのが前位、4段なのが後位である。
■除雪装置
ロータリー(投雪)とラッセル(排雪)を切替可能な除雪装置を備える。
ラッセル形態は単線路線で使用するV形の形態と、複線路線で排雪した雪が隣接線を支障しない右片流れ・左片流れ形態の中から選択することができる。
従来のDE15などの複線型ラッセルでは進行方向前側の除雪装置の前翼と後翼を広げて除雪を行っていたが、前側に除雪の反力として受ける横圧が偏るという問題があった。
ENR-1000では進行方向前側の先端翼と後ろ側の先端翼を併用することで、横圧を前後に分散している。

除雪翼は車体側から支持翼・中間翼・先端翼で構成され、各翼端に回転軸を持たせることで形態変更を可能としている。
また、支持翼下部には線間の除雪を行うフランジャ、支持翼上部と2・3位側中間翼上部には雪返しを備える。
雪返しはロータリー形態時は垂直だが、ラッセル(片流れ)形態時は円弧状に変形する。
また、除雪翼先端には段切除雪翼を装着し、除雪幅を拡幅することができる。


△形態変更(ロータリー → 左片流れ)
△形態変更(左片流れ → 右片流れ)
△形態変更(右片流れ → 単線形V)
△形態変更(単線形V → ロータリー)
△段切除雪翼を装着した投排雪保守用車 文献19)より
■除雪装置の改良
導入後の運用を経て主に下記の点が改良された。
・フランジャーが凍結しても昇降可能なようシリンダーを追加して2本とした
・除雪作業中の除雪翼のブレを抑制するため除雪翼の開閉シリンダーを補強した
・想定を超えた雪圧が除雪翼に掛かった際にオペレーターへ知らせる過負荷警報装置の追加
・ラッセル作業時に運転室からの視野を拡大するため投雪筒(シュート)を可倒式に変更

除雪性能
ラッセル | 100,000[m^3/h]以上 | 雪密度0.20[-]時 |
ロータリー | 18,000[m^3/h]以上 | 雪密度0.12[-]時 |
除雪寸法
形態 | 位置 | 除雪幅 | 備考 |
ラッセル | 半開 | 3,340[mm] | |
ラッセル | 全開 | 4,500[mm] | |
ロータリー | 半開1 | 2,240[mm] | |
ロータリー | 半開2 | 3,340[mm] | |
ロータリー | 半開3 | 4,500[mm] | |
ロータリー | 半開4 | 5,000[mm] | |
ロータリー | 全開 | 6,000[mm] | |
ロータリー | 全開 | 7,000[mm] | 段切除雪翼装着時 |
ラッセル | フランジャ | -15[mm] | レール面から |
ラッセル・ロータリー | 補助フランジャ | 80[mm] | レール面から |
■除雪形態の改良
ENR-1000の除雪装置は折り返し地点などで形態変更を行う際に、可動翼に雪などが介在していると形態変更が完了せず形態崩れとなる。
この場合雪の除去に20~30分の時間を要していた。
往路にてロータリー、復路にてラッセルのように形態の使い分けが決まっている線区(JR東日本 秋田支社など)では途中で形態変更を必要としないロータリーラッセル形態を追加して時間短縮を図っている。

■台車
新潟トランシス製 NF02D台車を2つ備えている。
軸距 | 2,200[mm] |
車輪径 | 860[mm] |
軸箱支持 | 軸箱守(軸バネ) |

■投排雪装置支援システム
データデポ地上子・データデポ車上子・データ解析装置から構成されている。
地上子には予告・ラッセル禁止・ロータリー禁止・ロータリー解除・ラッセル解除のデータが登録されており、地上子から取得したデータを元に除雪翼・フランジャの動作を自動で行う。
■補助フランジャ
ボギー台車前方に設置されており、レール面より80[mm]までの除雪が可能である。

■補助フランジャの増設
ハの字形をした補助フランジャは進行方向と反対側の補助フランジャに雪を抱え込むのを防止するため、当初は車体中心部にフランジャの刃を設けない構造であった。
しかしこの車体中心部の刃を設けない部分により線路中心を除雪できないという問題があった。
これを解決するため、車体中心部へ刃が追加された。
刃にはヒンジにより開閉するフラップを設け、進行方向反対側の際にこれが開くことで雪の抱え込みを防止した。

■補助フランジャの改造
標準で設置されている補助フランジャは両側に雪を掻き分けるV字形状であるが、複線区間の除雪を担当する投排雪保守用車では作業方向に合わせて片流れ補助フランジャへの改造が行われているものもある。


■絶縁・短絡走行
絶縁走行時は駅の場外、駅中に到着の都度輸送指令と打合せを行い承認を得てから移動する必要がある。
しかし短絡走行においては線路閉鎖着手後、輸送指令に進路構成を依頼し、信号機の現示等を確認し走行を行うことができるため、打合せ回数の削減、分岐器手前の徐行・一旦停止が不要となる。
また踏切も鳴動状態で通過できるため安全かつ大幅に時間を短縮することができる。
■ATS
短絡走行の際の誤出発防止、軌道回路の保護を目的に警報装置として装備されている。
警報装置という位置付けではあるが、ATS動作により車両を停止させる機能を有している。
■JR北海道仕様
JR東日本仕様と基本的に同一であるが、先端翼に雪返しが無いことからラッセル片流れ形態時に北海道の軽い雪質だと舞い上がった雪が運転室からの視界が悪いという問題が発生した。
これを改良するためDE15の除雪装置を元に先端翼に雪返しを備えた除雪装置を製作したが、現在は取り外されて通常の除雪装置に戻っている。

■空転抑制装置
山岳区間ではレール踏面に落ちた枯葉が車輪で潰され、落葉の樹脂が染み出すことで空転が発生しやすい。
JR東日本 只見線ではこれを防止するため、降雪期以外に稼働の無いENR-1000に空転抑制装置を取り付け運用している。
空転抑制装置はレール踏面の落葉を除去する落葉カッターとレール踏面の樹脂を洗い流す高圧洗浄機とレール踏面に増粘着剤を撒く砂撒き装置で構成される。


諸元
■寸法・重量
長さ | 24,850[mm] |
高さ | 4,015[mm] |
軌間 | 1,067/1,435[mm] |
軸距 | 8,440[mm] |
車輪径 | 860[mm] |
自重 | 59[t] |
■エンジン
CUMMINS | QST30 |
エンジン出力 | 1000[PS] |
■第1変速機
日立ニコトランスミッション | TDN-20-5501B |
■第2変速機 + トルクコンバータ
日立ニコトランスミッション | TDCN-20-5501B |
■ 走行性能
勾配 | 牽引重量 | 単車時 | 牽引時 |
水平線 | 300[t] | 70[km/h]以上 | 70[km/h]以上 |
10‰ | 120t] | 70[km/h]以上 | 60[km/h]以上 |
25‰ | 100[t] | 65[km/h]以上 | 30[km/h]以上 |
30‰ | 100[t] | 65[km/h]以上 | 30[km/h]以上 |
40‰ | 100[t] | 65[km/h]以上 | 25[km/h]以上 |
参考文献
1) 稲本耕介・若月雅人・蔭山朝昭『高性能除雪機械の開発』,土木学会第57回年次学術講演会,57巻,(2002)
http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00035/2002/57-4/57-4-0095.pdf
2)JR東日本・新潟トランシス 特開2002-212929「軌道用除雪車及び除雪方法」,(2002.7)
3) 魚地眞道・中川昌弥・稲本耕介『高性能除雪機械の開発』,土木学会第59回年次学術講演会,59巻,(2004)
http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00035/2004/59-4/59-4-0013.pdf
4)『JR東日本が投排雪保守用車を導入』,新線路,61巻,2号,鉄道現業社,(2007.2)
5)三村大輔・渡辺正弘・女川進・元木武『投排雪保守用車の導入』,新線路,61巻,11号,鉄道現業社,(2007.11)
6)『JR東日本仙台支社において投排雪保守用車の発進式が行われた』,新線路,61巻,12号,鉄道現業社,(2007.12)
7)『JR東日本 投排雪保守用車の現車改良確認および説明会を開催』,新線路,62巻,10号,鉄道現業社,(2008.10)
8)佐々木茂聡『投排雪保守用車(ビックロモ)の機能向上』,新線路,66巻,11号,鉄道現業社,(2008.11)
9)佐々木茂聡・原田彰久『鉄道用除雪装置付保守用車の除雪翼の強度設計に関する一考察 』,土木学会第64回年次学術講演会,64巻,(2009)
http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00035/2009/64-04/64-04-0278.pdf
10)国鉄労働組合「業務連絡報 第954号 その2」,(2010.1)
http://www.e-nru.com/100nrusaito/110gyomuho/g954.pdf
11)佐々木純『投排雪保守用車の改良』,新線路,62巻,11号,鉄道現業社,(2012.11)
12)金田一高成『効果的な投排雪保守用車における除雪』,日本鉄道施設協会誌,53巻,10号,日本鉄道施設協会,(2015.10)
13)森政明『投排雪保守用車の導入』,新線路,69巻,11号,鉄道現業社,(2015.11)
14)加藤健司・丸山玲『列車空転防止装置(落葉対策用)の開発』,新線路,69巻,11号,鉄道現業社,(2015.11)
15)JR東日本「雪に立ち向かう」,(2016.1)
https://www.jreast.co.jp/akita/press/pdf/20160115-8.pdf
16) JR東日本 特開2017-13562「空転抑制装置及び空転抑制方法」,(2017.1)
https://patents.google.com/patent/JP6514971B2
17)本木健滋『大型除雪機械ENR-1000の冬季試験』,新線路,71巻,11号,鉄道現業社,(2017.11)
18)金子新・小林竜童『JR北海道における人材育成および冬季対策の取組み』,新線路,75巻,9号,鉄道現業社,(2021.9)
19)JR東日本「追分鉄道設備技能教習所「なまはげ」で保線作業や保線機械乗車の体験ができる商品を販売します!」,(2022.8.9)
https://www.jreast.co.jp/press/2022/akita/20220809_a01_1.pdf